般若心経

前半 色即是空

般若心経は262文字と短いですが難解です。しかし人気があり有名です。

般若心経は異彩を放つお経です。実は般若心経の作者は釈迦の死後500年後以降に生まれた誰かで、釈迦ですらありません。しかも、般若心経の思想は「釈迦の思想を否定する」ものです。例えば有名な「色即是空」ですが、釈迦の考え方は「色は存在する」です。それを浅い理解として退けるのが般若心経の思想です。

般若心経の軸は利他で他力本願で、超自然的存在が不思議な力で救ってくれるという考えです。 逆に釈迦の教え自体は自利で修行主義なのですが、最後に黙って聞いていた釈迦がその結論を褒める、という構成にして権威づけがなされています。本来どのくらいハードな修行主義かというと、自己救済に成功しブッダとなれるのは50億年に1人の狭き門です。

なので、般若心経をはじめ極楽や阿弥陀如来など、システムの穴を突く概念が次々に発明・導入されたのです。


《観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空。》

般若心経の登場人物「観音」と「舎利子」はどちらも大乗仏教のキャラクターですし、彼らも彼らが勧める「般若波羅蜜多」という修行も、釈迦の教えには登場しません。冒頭から観音は釈迦の教えを否定します。釈迦の教えは宇宙=五蘊(+意)という分類学的宇宙観であり、観音が思いついた五蘊=空はその逆の意味になります。

観音は舎利子に対して、具体的に五蘊の否定を説明します。

《舎利子、色不異空、空不異色。色即是空、空即是色。受相形識、亦復如是》

舎利子
for x in 色受想行識:
    x不異空 空不異x
    x即是空 空即是x

釈迦の説いた五蘊の実体は空、すなわち存在しないと言います。そして五蘊の相互の因果律も存在しないと観音は言います。

《舎利子、是諸法空想。不生不滅、不垢不浄、不増不減。》

舎利子
是諸法空相
for x in 生垢増:
    o=opposite(x)
    不x不o

釈迦の宇宙観はカントに近く、感覚を実在とします。つまり、道の石を拾ったとき、眼耳鼻舌身意に対する刺激を実在とし、石自体は心が知覚を使って作った架空の集合体であると考えます。般若心経はこれを否定し、そもそも眼耳鼻舌身意に対する刺激(六根十二処十八界)全てが錯覚であると主張するのです。

《是故空中無色無受相形識。無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法。無眼界乃至無意識界。》

界=[]
for x in 根境識:
    for p in toarray(人):
    界.append(p+x)
assert(len(界), 18)

kitab
d.b